
人間は、人を助けるようにできている

シューワグループとして2年前より応援をさせて頂いております服部先生が、先週の2016年5月19日(木)放送の「カンブリア宮殿」に出演されました。皆さんの今週の週報にもたくさんの記載がありましたが、相変わらずのご活躍に感動しました。
番組もお題が「一人でも多くの人に光を!日本とベトナム救う さすらいの眼科医」を拝見して感動のあまり涙してしまいました。
人間は、人を助けるようにできている
カンブリア宮殿の番組の内容をご紹介すると、服部先生は、この14年間で救ってきたベトナム人患者は約35000人以上にも上るそうです。それも無償で治療を行っておられる!まさにベトナムの「赤ひげ先生」です。
ベトナムの赤ひげ先生
服部先生は、眼科医として開業はせずに、大学や病院にも属さずに、フリーの眼科医で一ヶ月の半分は、北は盛岡から南は鹿児島までの病院で診察と手術を行う毎日だそうです。そして残りの半分はベトナムで貧しい人たちへの無償の活動をされている。日本の自宅で休日を日過ごせるのは年に一日か二日だとか。
日本で得た収入で家族の生活とベトナムでの活動費用をすべてまかなう形で、実際にベトナムでは、患者さんからは一切の金銭を受け取らず、渡航費、滞在費、医療品代などもすべては持ち出しで活動を続けているからビックリです。まさに神の人です。
服部先生が医師を志したきっかけ
番組では本来高額の難手術ですが、貧しいベトナム女性の為に、無償で実施した実例の模様も放映されていました。難易度の高い手術も確実にこなし、ゴッドハンドと異名を持つこの先生は、ベトナムの貧しい方々は、その貧困ゆえ治療費が出せない。ゆえに白内障をこじらせて治療を受けれないために失明する方が非常に多いそうなんです。
そんな方を一人でも救いたいと精力的に活動される服部先生を見て心が打たれました。服部先生から治療を受けた現地のベトナムの方も感謝で言葉が出ず、泣いておられました。
服部先生が医師を志したのは高校生の頃で末期ガンでお父様を亡くされたことがきっかけだったそうです。患者や家族の立場に立った医療をするため、4浪の末に医学部に進学し、努力を重ねて眼科医になられたとの事。
ベトナムで外国人に与えられる最高勲章「ベトナム友好勲章」を叙勲
2001年に学会で出会ったベトナム人医師から貧しい人々を助けて欲しいと懇願された服部眼科医は、最初は3か月のつもりでベトナムに渡られたそうです。しかし手術費用が払えず多くの人が失明する現状を目の当たりにしたことで、日本の病院を辞めて無償でベトナムの人々を治療する事を決断されたとの事。
14年間にも及ぶ多大な功績が評価され、2014年にはベトナムで外国人に与えられる最高勲章「ベトナム友好勲章」を叙勲されています。
本当に勉強になる番組でした。
10年前放送された「情熱大陸」で服部先生を知る
実は僕が初めて服部先生を知ったのが、今から約10年前の「情熱大陸」の番組を見て。遠いベトナムでのご活躍に大変感銘を受けました。
服部先生の手術が無ければ、失明寸前で自殺一歩前の女性が出ていました。その目を完治させたのです!その時の印象が、日本人って凄いな!日本人としてとても誇らしい!僕も日本人として恥じない行動をしなければと感じたのでした。
服部先生にお会いした時の私の第一印象
それから数年後にシューワとして知り合いの社長様から服部先生に紹介して頂き、直接お話をさせて頂き応援することとなりました。2年前にお会いした時も和歌山市の眼科病院にに応援治療を来られている時でした。
率直な服部先生の印象としまして、なんて笑顔の素敵なオーラのある方だと感じました。物腰も柔らかく、とても優しくお話しをして頂きました。そして、ゴットハンドの「神の手」と言われていましたが、大きな体と大きな手の印象があり物凄く温かくて柔らかかった印象があります。
やはり、人間として良い事(得を積むと)人間の内面から!自然と良い人相、良いオーラが出てくるのかと感じました。
服部先生に頂いた言葉として、「人間は、人を助けるようにできている」です。大きな事をしなくても、小さな事からでも物事をしていくと世の中は良い方向で回っていくのですとの事でした。服部先生のようにもの凄い事は出来なくても、少しづつ良い回転、良い方向になるように精進したいと思います。
最後に
シューワグループとして今後も富士山天然水「命の水プロジェクト」として売り上げの一部を服部先生の活動に応援したいと存じます。当社も服部先生に負けないぐらい、たくさんの「ありがとうを世界一集める」企業でありたいと強く感じました。