「大欲清浄」

先週、6月18日(土)、19日(日)に旧盛和塾・大和の高野山合宿がありました。
高野山という聖地での勉強会、心の洗われる本当に素晴らしい高野山合宿を実現して頂き誠に有難う御座いました。
高野山は空海・弘法大師様が約1200年前に開いた言わずと知れた真言宗の総本山。
2004年には世界文化遺産にも登録された日本仏教の聖地です。
稲盛塾長は、古くから高野山の弘法大師奉賛会にもご賛同されていて、稲盛哲学の根源的なところに真言宗の哲学・思想が根付いていることを実感しました。
久々の高野山でしたが、ご講和、瞑想体験、歩行禅、大和座、があり、真言密教の奥深さ、自分自身の煩悩を見つめ直す良い機会でもありました。
宿坊(福智院)での精進料理はとても美味しく、心身がリフレッシュしたように思いました。
そして、何より多くのソウルメイト(塾生)と共に合宿で学びの時間を過ごせた事が貴重な体験でした。

稲盛塾長の門下生として、今回の聖地高野山での学びは一生の宝となりました。
まずは、高野山の中心地である壇上伽藍を見学。
ここでは、曼荼羅の思想に基づいた根本大塔、金堂等が配置されていて、思いを実現するをお題にシューワ社内では、大谷翔平選手の曼荼羅チャートを学習しましたので、とても親近感があり感動しました。
壇上伽藍の次は総本山金剛峯寺へ。ゆっくりとした時間でしたが、諸先輩方の小ネタを挟んでの解説と散策は、とても有意義な時間でした。

そして、今回の合宿の大きなスローガンが「大欲清浄」<たいよくしょうじょう>でした。
正直、私のような凡人には 「大欲清浄」の、大欲? 清浄?ととても難しいお題でした。
二日間のプログラムの中では、日ごろは絶対にお会い出来ない方々からのご講話で紐解きをして頂きました。
高野山大学の添田学長のご講話では、「泥の中に蓮の花は咲く」という言葉が心に強く響きました。
「泥の中に蓮の花は咲く」のお話は後日にご紹介したいと思いますが、添田学長様、松長副学長様のお話で、「大欲清浄」というものが、ハラ落ちしました。
学長のお話から、日々の欲望の中で欲を持つのは悪くはない。
困っている人への心へも通じるので、この大きな煩悩をきれいな心で、自身で正しい道に導く様ようにとご教授くださりました。
そして、副学長のお話が重なり、大欲が経営、清浄が心とすれば、塾長の言われる、心を高めが清浄を高める事であり、経営を伸ばす事が大欲を成長させる事にリンクする様に気付きました。

真言密教「大欲清浄」参照—–
人は〈欲よく〉で生きています。
あれが欲しい、これが欲しいと思うからこそ懸命に働き、悩み、傷つき、時には笑い、喜び、欲しいものを得れば満足します。
ところが、その満足が続くかというと、そうはいきません。
お金が欲しいといいながら、お金が手に入れば今度は、そのお金を維持することで苦しみます。
名誉が欲しいといいながら、その名誉が手に入れれば今度は、さらに上の名誉が欲しいと苦しみます。
一つが手に入れば、さらに上を望み、一つが欠ければ、また次を望むのです。
人は苦しみがあるから苦しむのではなく、自らの欲によって、その苦しみをつくり出して苦しんでいるのです。
では、その苦しみのもとである欲を捨てることができるかというと、そうはいきません。
人が生きるとは、実は生きることそのものが欲であるからです。
お金も名誉も、健康も趣味も、勉学も教養も、さらには美しいものも、心のやすらぎも、すべては欲がなくして得ることはできません。
欲があるからこそ、求めるものを得ることができるのです。
「求めない」ことを美徳とする方がいますが、それは「求めない」ことを求めているのだと私は思っています。
お釈迦さまやお大師さまでさえ、大きな欲がありました。
それは私たちのようにお金が欲しいとか、名誉が欲しいとかいった小さな欲ではありません。
「一切の人々を救済しよう」という、とてつもない欲でした。
欲を捨てるのではなく、逆に生かすことでこれを実践したのです。
真言密教ではこれを「大欲清浄たいよくしょうじょう」といいます。
人はおおいに欲をかくべきだと、私は思います。ただし、清らかな欲をかきましょう。
人を喜ばせ、家族を守り、仕事に励み、世の中の役に立つような欲をかきましょう。
欲はそれ自体が悪いのではなく、その使い方によって善にも悪にもなるのです。
おおいに欲をかき、清らかに生かしましょう。「大欲清浄」です。—–

今回の学びで改めて考えますと「大欲清浄」とは、人間、みんな欲望によって動いているが、その欲望が小さいと、「利己」だと“卑しい人間”のように見られる。
それに対して、欲望がとてつもなく大きいと「利他」だと、人は立派な生き方だと褒めてくれる。 
弘法大師様が約1200年前に日本を良くするために始められた、欲は欲でも、桁外れに大きいと深い学びを受けました。
「大欲清浄」の意味を正確に、かつ深く理解していなかったことに気がつきました。
「自利利他」の精神を持った大欲清浄の『大』の意味を世界や日本の発展に貢献したいという大欲を持ちましょう!
そして、稲盛塾長の教えである”考え方”である心を高めて経営を伸ばすことを通じて、全従業員の物心両面の幸福の実現へと近づけると今回の学びで確信をしました。

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