
世の一隅の光たれ

先週、8月15日は戦後78回目となる終戦の日。
第二次世界大戦でお亡くなられた約300万人以上の方々に追悼の意を捧げたいと思います。
あの原爆投下の戦争があり、日本を守る為にこれだけのたくさんの命が失った事実をみると、自らの命を犠牲にしてでも守りたいものが有り、今の日本国が有るのも、戦って下さった先人に感謝しかありません。
尊い若い命が犠牲となり、本当に二度と同じ様な過ちの戦争が無くなる事を祈るしかありません。
しかしながら、この近代社会において、ロシア・ウクライナ情勢など、世界を見渡せば武力による侵攻が続いています。
残念ながら、核を脅威の武器として保有し続ける国もあります。
ところで夏季休暇中にはお盆がありましたが、これは『ご先祖様』の霊が私たちの家に帰ってくるとされる期間でした。
皆さんは、お盆の休日にはお墓参りに行かれましたでしょうか?
まさに! 日々多忙な生活の中でも、ご先祖様のお陰で生かされている感謝の気持ちを忘れてはいけません。
家系図があって、5代くらい前までのご先祖様のことがわかるという方は少ないのでは?
私が名前を知っているご先祖様は、父方の祖父母まで。
ですから、ご先祖様と言っても、 おじいさんやおばあさんの顔が浮かぶくらいで、ピンとこないというのが正直なところです。
以前もご紹介しましたが、ご先祖様って何人くらいいるんだろう?と思いながら、調べて考えてみました。
両親は2人、祖父母は4人、曽祖父母は8人、16人、32人、64人、128人、256人、512人ときて、10代前では、1,024人です。
両親から、10代前までの人数を足していくと単純な計算ですが、なんと2,046人だそうです!
ご先祖様のうち誰か一人でもいなかったら、今の自分自身が存在していないのですから、今を生かされている状況に感謝をしなければいけません。
その様に冷静に考えますと、ご先祖様のご縁で生まれた時から死ぬまでの一生の間、神様から「生きなさい」と命を与えられたものであります。
そして、必ず何らかの「使命」があると思います。
人間は、自分の意思で生まれ出たものでは無いですし、また人生の終わりも自分の意思では決めれません。
その様に考えると人生の終わりとは、命を使い切ることであり「使命」には人の一生の意味があると感じました。
「使命」とは、漢字の通り”命を使う”であり、この世に生まれた理由があるともう一度認識を深めるべきだと思います。
その「使命」の意味を叩き込まれたのが、私が卒業した全寮生スパルタ教育で有名だった「日生学園高等学校」での『世の一隅の光たれ』という教えです。
『世の一隅の光たれ』とは、この世に生まれてきたのは、それぞれが置かれた場所で意味があって生きている。
誰一人、無意味な人生など存在はしない。
個性と可能性を秘めて居るのだ。
世の中になくてはならない人となり、世の光となって、全力で精一杯人生を生きていく!天から与えられた人間の道を突き進む!!
そして、初めは小さな太陽だが、徐々に大きな太陽のように光り輝き、周りを照らしていくことのできる人物に成りなさいという教えでした。
私は『世の一隅の光たれ』の教え通りに、今でもど真剣に生きています。
そして、あの苦しかった時代の思い出や気持ちが今でも蘇ってきます。
創業以来、35年間やってこれたのも、変化対応力を持って、”たくさんのありがとうの言葉を集める為に”従業員の皆さんと必死に”全力”で向き合ってきたからであり、これは決して間違いでは無かったと自負しております。
誰かのために、”全力”でど真剣に本気に必死になること。
汗をかき!知恵を出し!希望と夢を持つ!仕事での修業の磨き砂で切磋琢磨して行きながら、多くの経験値を積みながら、そして夢に向かって邁進していきましょう!
今の時代は流れがかなり早いですが、皆さんで知恵を絞って乗り越えて行きましょう!
時には、自分自身を褒めながらど真剣に頑張りましょう。
そして、100歳まで笑顔で「使命」を全うして楽しみましょう!!