7月23日(金)、2020東京オリンピック開会式が東京・国立競技場で開かれました。
それに先駆けて、ソフトボールやサッカーなどの競技はもうすでに始まっています。
コロナ禍で、無観客での開催が基本条件となっていますので、選手自体のモチベーションが心配です。
普段は、大きな声援の下で試合していますので勝手が違います。
但し、皆さん同じ条件での試合ですから、仕方ないことだと思います。
楽天家で物事を深く考えない私としては、開催が決まった以上は、思いっきり応援してコロナ禍で暗いニュースが多い世界を是非とも盛り上げてもらえればと思っています。

そんな中、23日夕方から57年前の東京オリンピックの特番が、テレビで繰り返し流れておりました。
映像も白黒テレビ時代でしたので、今ほどリアル感は無かったのですが、国民全体の熱気は凄まじかったように思いました。
昭和20年8月の終戦からたった19年目での、戦後の焼け野原からの「戦後復興」と銘打った東京オリンピックでした。
日本全体が明るく、楽しく、エネルギッシュで人類最大のスポーツ祭典の勢いを感じました。

—-1964年10月25日・日刊スポーツより—当時若手作家・石原元都知事は「聖火は消えず、ただ移りいくのみである。
この祭典は我々に、人間がかくもそれぞれ異なり、またかくも、それぞれ異なり、またかくも、それぞれが同じかということを教えてくれた。
この真理が何故に政治などという愚かしいエネルギーの前に押し切られるのであろうか。」———-

それに比べて、今回の開会式は「残念」な開会式でした。
評論家ではありませんし、人の揚げ足をとるのは好きでは無いのですが、あまりにも”コロナ対策”を意識し過ぎで全体的にコジンマリに感じました。
もちろん賛否両論があるとは思いますが、あくまでも私の意見です。
・地味な演出  ・・・見せ場なし。端を折りすぎて時間が間延び。
・笑えないギャグ・・・映画撮影風のショートコント?
・体育大会レベル・・・各国入場行進がバラバラでまとまりなし、蜜を避ける為選手整列無し。
・どちらが偉いの・・・天皇陛下とバッハさんが同時入場?
・マスクあいさつ・・・アメリカ・オールスター戦ではマスク無し。オリンピックがマスク有とは情けない。
・敬意無し   ・・・天皇陛下のお言葉中にうっかり着座している菅首相。
・無理からの演出・・・23時30分過ぎに闘病中の長嶋元名誉監督を出しての聖火リレー。

正直、凄いと感動をしたのは、花火演出ぐらいでした。
一番の心配なのは、全世界的にこの開会式はどう映ったかという事です。
今回の開会式演出は、いろんなゴタゴタが反映された、日本の凋落を象徴的に表したのでは無いでしょうか?
その様に考えてみますと、東京大会の「理念と意義」とは何だったのでしょうか?

2013年に東京オリンピック・パラリンピックを招致した時点では、「理念と目的意義」として「東日本大震災の復興」「日本の復活」「スポーツの力」などを掲げてきましたが、いつの間にか”日本の復興”は消えてしまいました。
2020年にコロナ禍に入ると「コロナに打ち勝った証」を御旗に掲げて、大会の1年延期を決めた形となりました。
その後「開催か、中止か」の議論は、いつの間にか立ち消えになり、有観客か無観客かとなり「理念と意義」の焦点がボケてしまいました。
菅首相がG7で開催を表明して、尾身会長が「無観客」を提言しつつも「開催有無の検討は意味がなくなった」との事。
焦点をボカされた形で、観客を入れるか、入れないかに移り変わった感じがしてなりません。

以前から言っておりますが、誰が責任をとるのか?
今回のオリンピック、コロナ問題ではそれが全然見えてきません。
デルタ株のまん延も危惧される中、新規陽性者数が東京でも2000名弱までとなるなど再び全国で増加傾向を示しており、特に若年・中年層の割合が増え予断を許さない状況です。
東京オリンピック延期決定から1年4カ月で、異例の4度目の緊急事態宣言下でのオリンピック開催です。
「理念と目的・意義」を目指した大会は、残念ながら、「幻」となったと言っても過言ではありません。

我々企業も同様で、「理念と目的・意義」を多くの船頭が各々に、都合よく心地の良い言葉に変えてはいけない事を学びました。
しっかりと「論語と算盤」の教え通り、変えて良いものと変えてはいけないものを社内的にも精査する必要があると切に感じました。

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筆者:矢野秀和
シューワグループ
代表取締役