2015年が始まり、1ヶ月が過ぎ、もう2月中旬です。1月は「行く」2月は「逃げる」3月は「去る」という言葉もあるように本当に時が経つ早さを実感します。

イスラム国の日本人人質事件について

今週も衝撃のニュースが飛び込んできました。イスラム過激派組織「イスラム国(ISIS)」で人質にされていた後藤さんが最悪の結末になってしまいました。湯川さんに続いてまた・・・。同じ人間がどうして、これだけ残虐になれるのか?!本当に残念でなりません。お二人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。と同時に、このような悲劇が二度と起こらないことを祈りたいと思います。

日本もテロの標的に

今回の安倍首相の中東訪問後、イスラム国による日本人人質事件が発生し、未だに緊迫した状況が続いています。日本にとって良い形で解決することを心から祈っていたのですが、今の世界情勢はそんなに甘くは無いと感じとれます。いずれにしても、今後は日本もテロの標的になったのは事実で、この恐怖を日本人全員が肌で感じなければ成らないと思います。

平和への感謝

日本は戦後の長い間、平和で安全な日々を送ってきました。しかし、一歩、国外へ出れば、食料難や社会不安など、日々生きることの不安や恐怖が横たわる世界がたくさんあります。世界各地には、たくさんの日本人が生活をしているにもかかわらず、日本の本当の良さ(有難さ)を知らずに、日々の感謝を忘れていたのではないか!そのような自問自答が、今回の人質事件をキッカケとして、国民の一人ひとりの心の中で起き始めていると思います。まさに今、世界で起こっている現実に日本も巻き込まれ、その恐怖の実体をこの目で見て、肌で感じることで、日々平和に生活を続けられていることに深く感謝したいと思います。

20年前の1995年は、恐怖と戦慄の年

思い起こせば、20年前の1995年は高度経済成長後の日本が受けた大きなショックと悲しみに包まれた年でした。1月17日に発生した阪神淡路大震災発生。あの日、高層ビルが崩壊し、阪神高速が倒壊。街が火の海と化し、多くの方々が亡くなりました。さらに、3月20日には、地下鉄サリン事件が発生し、残念ながら13人の方々が亡くなりました。その日から上九一色村への強制捜査までの間、日本は震撼の日々でした。今から20年前の1995年とは、まさにそのような恐怖と戦慄の年だったのです。

そして3.11の東日本大震災

それから16年後、2011年3月11日には、東日本大震災が発生しました。このようにして繰り返される大きな悲劇を経験しながら、私たち日本人は、この日々を乗り超えて、今日も前へ向かって歩んでいます。今思うと、あの日、あの時、ぐらいから平和神話が崩れ始めたのかも知れませんね。もう一度、「日本」の安全な社会に生きていることへの感謝の心を忘れずに生きる。このテロとの報復合戦のような、堂々巡りは食い止めて行かないといけません。また、どこかの無防備な市民が犠牲になるような気がしてなりません。決して、同じような悲劇が起こらないことを願ってやみません。

平和な時だからこそ深い感謝が必要

今回のような「イスラム国日本人人質事件」そして「阪神淡路大震災」や「東日本大震災」等の多くの人命を失う自然災害が起こる度に、日々の当たりまえの有難さを痛感しなければいけませんね。そして、今の自分!今の家族、仲間!今の会社!今の日本!を信じてもっと好きになって感謝(ありがとう)の日々を送りたいと思います。人間も会社も同様に、生きていくためにはいろいろな弊害や困難がつきものだと思いますが、世界の人々から見れば、小ささな問題であり、幸せな悩み事のひとつかも知れません。平和な時だからこそハッ!と我に戻って、この日々への生活や仕事や家族に深い感謝が必要だと感じました。

日々感謝の気持ちを忘れずに!明元素(明るく元気よく素直)楽喜健(ラッキーけん)「楽しく・喜び・健やか・ 健康 」の思想が重要では無いか!生きている事が「あたりまえ」と感じていたことが、少しもあたりまえではなく、尊く貴重でありがたい(有難い) ことだと認識できるようになりたいと真剣に考えています!

最後に

上半期も残り1ヶ月半です。今の瞬間を大切にし、精一杯の力を発揮して仕事に取り組んでください。よろしくお願いいたします。

有事の際のリスクを最小限に災害時の燃料確保について【BCP対策】燃料の緊急時供給契約専属貯蔵サービス・専属配送サービス

筆者:矢野秀和
シューワグループ
代表取締役