ここ最近は、新型コロナウイルスの話題より女性蔑視の失言の話題が多く飛び交っています。
世界内外からバッシングにあった森喜朗元首相が東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長を辞任するとの事。
森前会長が日本オリンピック委員会の会合で「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と女性蔑視とも受け取れる発言したのが2月3日で、辞意を固めるまでなんと8日もかかりました。
釈明会見を開いても「居直り」「逆切れ」などと批判が高まり、特に世界各国のアスリートや大会スポンサーなどから非難の声が次々と上がり、集中砲火を受ける様はフルボッコ状態。
それにしても、森前会長ご自身には今まで様々な功績があり、その中での驕り高ぶりが大きく”世界を甘く見ていた”のでは無いでしょうか?
そもそも、競技団体の女性理事をおとしめる発言は、あらゆる差別を認めない五輪憲章の根本原則に反しています。
世界的に批判のうねりが上がっている状況に、菅政権自体の危機意識も薄かったのでは無いでしょうか?
そして、やはり組織には調整役が必要であり、問題が起こった時の後手後手の対応が、とてもまずかったように感じました。
具体的な発言内容や報道はニュースを見て頂くとして、失言は何故繰り返されるのかを過去の企業不祥事も含めて考えてみたいと思います。

日本経済新聞 【春秋】参照
——企業の不祥事の歴史をひもとけば、学ぶべき教訓は多い。失言もその一つだ。
たとえば20年ほど前、大規模な食中毒事件を引き起こした大手乳業メーカーの事例がある。
記者会見を打ち切ろうとした社長が、詰め寄る報道陣にこう言った。「私は寝ていないんだ」――。
このひと言が当人の辞任はもちろん、会社、事業の解体・再編へとつながっていく。

では失言、暴言の主が国を代表する立場の人であればどうなるか。当然、国際的な信頼を傷つけ、国益を損ねる。
東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」などと発言した。
元首相であり、「あらゆる差別を認めない」を掲げる五輪組織のトップである。
海外のメディアもいち早く「日本は男女平等の点では遅れている」「五輪の組織委員会は新たな憤激に直面することになった」などと伝えた。
ご本人は会見を開いて発言を取り消したものの、ホスト国としてのイメージはすでに十分傷ついた。
森会長は先日、新型コロナウイルスがどういう形だろうと東京五輪は必ずやる、とも発言している。
まさか「どういう形だろうと」の中に自らの失言による混乱まで織り込んでいたわけではあるまい。
信頼をなくした企業トップはその後どのような立ち居振る舞いを見せたか。過去の事例をよく研究されるようお勧めする。

上記の大手乳業問題は内容はともかく「私は寝ていないんだ」発言はいまでも鮮明に覚えています。
やはり、失言は心の声だと思います。
謝罪会見で真意を述べたり、撤回する様を見てみると心にも無い言葉は口からは出ません。
人間は、自分自身も含めて、心の中では自己に都合の良い事ばかり考えています。
利己精神が先行して、自己保身に向ってしまえば、言葉は炎上したり、トラブルになるような火種を常に抱えている状態となります。
それを、常識を持った大人として理性によってコントロールし、倫理感や道徳の心のフィルターを通して言葉にします。
その様にして社会人として問題無く生きられるのでは無いでしょうか?。

そして、口は災いの元です!
森前会長も元々はサービス精神旺盛な状況での発言では無かったのか?と思います。
昭和時代の悪気のない男尊女卑風習のおやじギャク!?
間違ったブラックユーモアになってしまいました。
それにしても、単におしゃべりなのか?でも、無駄口をたたかなければ失言は生まれません。

その一方で、言葉足らずでもあります!
言葉は前後にきちんと説明があれば伝わるものも、端折ったが故に誤解されてしまうことは少なくありません。
報道やニュース等のSNS拡散においては、前後の説明が意図的に切り取られ、「言葉足らず」に仕立て上げられてしまう可能性もありますので特に注意が必要です。
私自身も苦い経験として、今まで何度も失言を繰り返してきました。
その背景としては、自己の傲慢さや考え方に未熟さがあったように思います。
昨今の報道を反面教師として、謙虚さと常識を持った考え方を心掛けたいものです。

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筆者:矢野秀和
シューワグループ
代表取締役