今週は、日頃から大変可愛がって頂いている資産家会長と角谷取締役の3名で2泊3日の弾丸フィリピン視察&面接がありました。
資産家会長の事務所&ホテルは、マニラの北部に位置するクラーク空港側にあります。
空港より約5分の好立地で、たいへん活気のある場所で驚かされました。
フィリピン未開発のエリアは日本の昭和30~40年代を彷彿とさせる町並みが残っていました。
今後は、マニラ⇒クラーク(約20分)の高速鉄道が開通しターミナル駅が周辺に出来るそうです。
やはり、先見の目を持っての事業投資はたいへん勉強になりました。

ところで、フィリピンの人口を調べると、1億人を突破をしていて世界で12番目の人口だそうです。
フィリピン人の平均年齢は24歳と非常に若くて元気があります。
しかも、”人口ボーナス期”(生産年齢人口が増え続ける状態)に入っていて、とても勢いがある国との印象がありました。
今後もこの”人口ボーナス期”が続くと予測されており、ますますの経済成長が見込まれるとの事。
それと対照的なのが日本人の平均年齢が46歳であること。
年齢65歳以上は生産性が低くて医療費が掛かってしまう事を考えると今後の経済成長の差は一目瞭然です。 
現地の方とも面接をしましたが、やはり目がキラキラしていて本心から日本で働きたいとの意欲が見えました。

そして、資産家会長お伝えになりたかった”最大の目的”がありました。
僕も無知で勉強不足でしたが、「フィリピン沖海戦」を皆さんはご存じでしょうか?

インターネット調査・・・1944年10月にフィリピンのレイテ沖を中心に行われた日米の海戦。
この時、初めて日本は「神風特攻敷島隊」による攻撃を決行したのである。
さらに、日米両海軍が持てる戦力のほぼ全てを投入した史上最大の海戦となったのである。
この海戦でフィリピンがアメリカの手に戻ったことにより、日本の敗戦はより濃くなっていくのであった。
この時失った艦船や特攻隊で失った搭乗員等の損失は大きく、この後日本は大規模な海戦が出来なくなり、本土上陸を食い止める人海戦術を行うしかなくなったのである。
沖縄戦や硫黄島では陸上戦力に頼るしかない状態になる。

云わば、第二次世界大戦敗北の引き金になった場所という事です。
「神風特攻敷島隊」は耳にしたことはありましたが”百聞は一見の如かず“だと感じました。

私たちはマバラキャツト特攻基地の記念碑の特攻記念碑にて、御霊4279名の精霊に花束を捧げて頂きました。
先の対戦にて、尊い若き命がフィリピンのレイテ沖でお亡くなりになり、終戦迄に3375機のゼロ戦が特攻し350隻の米艦船を撃沈させたそうです。
皆さんで尊い若き命に合掌して参りました。
その後、特攻記念碑を後にしてクラークミュージアム記念館を見学致しました。
フィリピンの歴史を学び日本帝国の3年半のクラーク統治の資料を拝見致しました。
フィリピン日米海戦では、50万人以上の日本人戦死者を出す戦いとなり、史上最大規模の激戦となったとの事。

戦前から、今日までどれだけの方が必死に生死をさまよいながら、今の日本を築いて来られたのか!
そして、我々は生きているのでは無く!!
生かされているのだと!
まったくの無知の自分が恥ずかしくなりました。
深く、深く、今後の人生観に大きな衝撃を受けました。

米軍の攻撃を抑える為に自分の命を盾に戦って頂いた「神風特攻敷島隊」を日本人は誇りに思わなければいけないと深く感銘を受けました。
そして、シューワグループの海外第1号支店のフィリピンビジネスが具現化される事に期待します。

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筆者:矢野秀和
シューワグループ
代表取締役