前回の参院選の時に維新の会のY候補の演説会に参加させて頂いた際に、松下政経塾の塾頭をやられていた、上甲先生にお会いしました。なかなか聞ける事が無いと思い必死でメモを取り聞き込んでいました。会が終わり名刺交換をさせて頂き、翌日に上甲先生が毎月発行されている、志ネットワークという本を送って頂きました。その中での一つを紹介したいと思います。

奴隷的意識

『奴隷的意識』という題名で、松下政経塾で新入生歓迎バーベキューパーティーでの一コマです。

「この箱を1時間持っていなさいと言われたらどうする?」

この日の肉は専門の卸屋に勤める塾出身者が準備をしてくれた。白い大きな発泡スチロールの箱一杯に肉が詰まっている。ある塾生が、その箱を持ち上げた。「重たい」と一言。重量に驚いた。私はすかさず、「この箱を1時間持っていなさいと言われたらどうする?」と聞いた。その塾生は「この重さではとても1時間も持ち続ける事は出来ません。」と言う。そうだろう。この重さで1時間も持っていろと命令されたら、虐待に近い。さらに、私は続けた。「じゃあ、この肉を全部君に上げるから持って帰りなさい」と言われたらどうすると、質問をした。「くれるのですか。くれるのなら、1時間でも我慢しますよ」と、うれしそうに答えを返してきた。「そうだよね」と私。続けて「持っている肉の箱の重さは全く同じでも、強制されて持つと、1時間も我慢することが出来ない。ところが、これを君に上げると言われると、このずっしりとした重量が、逆に喜びに変わる。こんなにもたくさんの肉をもらえるのかと思うと、1時間持ち続ける事など、何の苦にもならない。それどころか、重ければ重いほど、中身が多いと思って、うれしくなるよね」と、念を押した。持っているものが同じ重さであっても、心の持ち方によって、それは、耐え難い重さにもなるし、うれしい重さにもなるのだ。私は肉の箱を前にして、ついつい説教をしてしまった。

主人公意識

世の中のすべてが、同じである。同じものでも、受け止め方によって、苦痛にもなり、歓喜になる。大切なことは、物事に対する受け止め方、考え方なのである。その考え方、受け止め方のカギを握るのは『主人公意識』である。人に命じられ、強制されることは、基本的には苦痛である。もし仮に、富士山の山頂まで重い荷物を運べと強制されたとしよう。山頂までの長くて険しい距離は、耐え難い苦痛の時間だ。奴隷的苦しさを感じて、荷物を投げ出したくなることだろう。それに対して、初めて富士山に登頂しようと自ら挑戦したとしよう。途中嵐が来ても、足が引きつってきても、ぐっと歯をくいしばって耐えられる。背負った荷物がいかに重くても、決して投げ出すことはない。富士山の山頂まで登る行為はまったく同じであっても、「何のために」の根本が違うと、苦労の感じ方が違うのだ。仕事も同じだ。命じられて、嫌々する仕事は、投げ出したくなる。同じ仕事を「やりたいからやる」と前向きに考えたら、苦しみが遠くなる。

人生をもっと有意義に過ごすために

正にこの本に書かれている通りだと思います。これから富士山登山に行くという方もこの中にいますが、正に会社の行事だから、上司に言われて仕方なくと思って登る方もいるのではないでしょうか?しかし、そうではなく世界遺産の富士山に登れることや、ご来光を拝めるというありがたさ、富士山登山をした経験と色んなプラス要素がある、ましてや会社で富士山に連れて行ってくれるという事は、費用も掛からないと考えれば、しんどいだろうなと考えて登るのと前者の考えで登るのとでは全くもって達成感と疲れ度合いも違うと思います。仕事も同じで常にやらされている奴隷的意識ではなく、自分がやるんだという主人公意識を持って、仕事をすればもっと人生が有意義になると思います。

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筆者:池永佳生
シューワ株式会社
ウォーター事業部
次長